2011年03月20日

原発事故 正しい知識を

様々なサイトで、ソース不明の放射線被害の情報が飛び交っている。
テレビで過小評価としか思えないコメントに終始する
原子力発電推進派の研究者らの発言に不信感を持つ人が多いからだろう。

私が住む名古屋には、風媒社という出版社があり、
1990年代からすでに原発事故に対し警告を鳴らす出版物を刊行している。
現在同社HPの「お知らせ」ページで、
福島第一原子力発電所事故のシミュレーション情報
放射能被害についての解説が公開されている。

どうやら、京都大学原子炉実験所の研究者たちが同社のブレーンのようだ。


風媒社
http://www.fubaisha.com
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2011年01月10日

「鈴木先生」最終回に寄せて

怒涛の学園祭が終わり、「鈴木先生」もついにフィナーレとなった。
『漫画アクション』の連載を毎回読むのはしんどいので、
単行本になってから買っていた身としては、いまいち展開について行っていないのだが、
どうも作者は、この辺りで一区切り付けたいのだろうなと誌面から感じるものはあった。
「罪と罰」「漂流ネットカフェ」も終わり間近の気配だし、
はたして『アクション』はこれからどんな展開に向かうのか。
さそうあきらの新連載「ミュジコフィリア」が期待されるが、
かつては「マエストロ」を、最近では「さよなら群青」を
紙の上で完結できなかったウラミを、今度は晴らしてほしいものだ。
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2009年10月25日

[小説] The Harvest(20)

20

 空気の流れが変わった。風がぼくの顔をなで、日なたに干した藁のような匂いが流れてきた。
 ぼくは、くしゃみをしそうになって、立ち止まった。
 Fも歩調を合わせて止まってくれた。
 「不安ですか?」と囁いてきた。
 「いいえ」と答えると、
 「もう少し歩きますよ」とまた囁いた。
 進むにつれ、匂いが強くなってきた。周囲に人がいる気配はない。ぼくらは二人きりで長い一本道を歩いているみたいだった。
 Fはずっと無言だった。ぼくは何か話しかけるべきかと考えた。しかし――何を話そう。どんなことでもいいから質問するべきだと思ったが、口が動こうとしてくれなかった。頭の芯がぼんやりし、なぜだか気持ちが満たされている。とぼとぼと歩く道の先に、とてもいいことが待ち受けている――そんな気さえしていた。
 Fが止まった。ぼくがその背中にちょっとぶつかっても、彼女は身じろぎしなかった。
 ドアノブを回す音がし、Fが右に移動した。
 「どうぞ、入ってください」
 腰に軽く手を添えられ、ドアの内部に導かれた。生唾がわいた。しかし、恐怖心はなかった。
 内部は暗く、かなり広い空間のように思えた。足音が重く反響するのは、講堂かホールのような場所だろうか。
 匂いをかいだ。干し藁の匂いがしない。この中は無臭だった。
 「お連れしました」とFの声。
 「ご苦労だったね」と誰かが応えた。深い反響を帯びていたが、それはとてもなつかしい声だった。ぼくは頭を左右に振った。誰の声だ? しかし思い出せなかった。
 「目が見えないとは、不自由だろう。もう少し近くに来てもらいなさい」
 声に従い、Fがぼくを介助して前に歩かせた。一歩、一歩と近づくにつれ、ぼくの記憶は惑乱した。――そんなはずはない! 足を止め、見えない目を細めて声の主を見つめようとした。しかし視界には靄がかかったままで、男の顔はまるで見えなかった。
 Fが肩をつかんでぼくを止めた。いまや男の目の前まで来ているようだ。人の息遣いを真正面に感じた。
 男はぼくの顔を両手でくるんだ。冷たく、乾いた感触に身体をこわばらせた。あの臭いが強く鼻を衝いた。本能がぼくに告げた。――死の臭いだ。
 「なつかしいな、琢海」
 父は、そう言って、ぼくの肩を抱いた。


 おぼろな時間が流れた。父は死んでいなかった。このニコニコ村で、生き永らえていたのだ。
 ぼくは父の葬式に間に合わず、東京から帰りついたときにはもう遺体は火葬されてしまっていた。そう母が言った。あれは嘘だったということだ。しかしなぜ、そんな嘘を吐かねばならなかったのだろう。息子をだましてまで、父のことを隠さねばならない理由とは何なのか。
 ぼくは父に山ほどの質問を浴びせたかった。しかし、舌が痺れてうまく話すことができなかった。まだ催涙ガスの影響が身体から抜けていないのかもしれない。
 「まず、暖かくして休息をとりなさい。話はそれからだ」
 父の声は威厳に満ちていた。昔よりも深みを帯びながら、ややかすれているのは重ねた年齢のためだろうか。
 ぼくは幼い子どものように、無言でこくりとうなずいた。父が楽しそうに笑った。
 ぼくは再びFに介助されながら、別の部屋へ連れて行かれた。
 「明日には目も見えるはずですよ。今日はもうお休みください」
 囁くような声に導かれ、ぼくはベッドに横たわると四肢を思い切り伸ばした。ここ何年も経験していなかった解放感に満たされていた。息を吐き、伸ばした腕を戻したとき、右脇にぬくもりを感じた。
 「腕枕してくれますか?」
 Fが耳元で囁いた。
 彼女は、あたたかかった。


.....to be continued
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2009年10月20日

ポアロってこんなにインチキ臭いおじさんだっけ?

なぜだか、思い立ってアガサ・クリスティを約20年振りに再読し始めた。
「ポケットにライ麦を」
「無実はさいなむ」
「アクロイド殺し」
「葬儀を終えて」
「そして誰もいなくなった」
「スリーピング・マーダー」
と進んできて、今は「鏡は横にひび割れて」を読んでいるところ。
昔読んだことがあるのに、ちっとも飽きないで読んでいけるのが不思議だ。
それよりもトリックの大まかなところを、かろうじて覚えている以外、小説の細部を全然記憶していないことに、我ながら驚いた。
実に新鮮な気分で作品を堪能できるのだから、得したような気分だ。
でも、あらためて読むと、以前とは違う感想を抱く部分も…。
 ポアロってこんなにインチキ臭いおじさんだったっけ?
 ミス・マープルって、実際のところ何歳なんだ、この人?
今風に言えば、実に探偵たちのキャラクターが濃い。容疑者を前に演説するポアロ氏などは、滑稽なほどに漫画的で、現実味がとぼしい。だが、これがクリスティの魅力なのである。
どんなに陰惨な事件であっても、探偵はユーモアとエスプリを失くすことなく事件に対処する。今時の〈リアル〉描写の、擬似現実的な探偵小説とは、ひと味もふた味も違う。フィクションの香気が匂い立っている。
だから、彼女の作品はまるで別次元の世界で起きているようであり、今読むとそれがさらに際立って感じられる。
また、奇抜なトリックに無関心なのも、飽きなくていい。意外な犯人が、意外な顛末で暴かれる件りにさしかかると、何冊読んでも目が釘付けになってしまう。
仕事場近くの古本屋に、今日も1冊300円のハヤカワ・ポケットミステリを買いに行こう。
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2009年10月12日

[小説] The Harvest(19)

19

 「心配しないで。すぐに戻ってくるわ」
 待ってくれという言葉が、すぐに口から出なかった。咳き込み、のどが意味不明瞭な雑音を立てた。
 隣から人が去る気配がした。
 静寂が垂れこめていた。視界は相変わらずぼんやりしており、光は感じられなかった。身体を起こすと、頭の痛みが和らいでいった。床がぎしりとたわんだ。ベッドに寝かされていたようだ。身体に薄手の毛布のようなものがかけられていた。ここは結構寒いところなのだ。
 そのとき初めて、一人だということを悟った。ナナの夢を見ていたのだ。
 竹田さんたちはどうしたろう――。
 最後に見た光景がよみがえってきた。シバは大丈夫かと心配になった。あいつに何かあったら、きっとナナはすごく悲しむだろう。耳にはシバの悲痛な泣き声が生々しく残っている。
 瞼に手をやった。熱を持ち、腫れている。何度もまばたきしたが、目にかかる薄もやは晴れない。腕で何度もこすったが、痛みを感じるどころかまったく無感覚だった。
 そのとき強い光が感じられた。思わず眼を閉じ、うめきを上げた。
 誰かが近づいてきて、ぼくの腕を取った。冷たくてやわらかい手。ナナだろうか、と思った。しかし違う。相手は無言でぼくを立たせ、ふらつくかどうか観察しているようだった。やがて、ベッドに座らされ、顔に冷たい布が押し当てられた。布から何かいい匂いがした。薔薇の花のような甘い香りだ。ぼくは緊張し、その匂いから意識を引き剥がそうとした。かぐわしい花の匂い、それが危険の兆候であることを思い知らされていたからだ。
 「心配いりませんよ」
 穏やかな女の声が耳元で聞こえた。彼女ぼくの顔を丁寧に拭うと、アイマスクを掛けた。冷たいマスクが火照った目に心地よかった。
 「あの――」
 ぼくが話しかけようとすると、女はシィッと言って黙らせた。
 「歩けますか」と問われ、ぼくは首を傾げた。一人で歩けるはずがなかった。女はぼくの腰に手を回し、ゆっくりと立たせた。
 「床に障害物はありません。ゆっくりと一歩ずつ足を前に出してください。わたしが支えていますから大丈夫です」
 「ここは、どこですか」
 まずそれを知りたかった。ひょっとしてここは病院で彼女は看護婦かもしれない。ぼくはニコニコ・ファームから搬送されてきたのではないだろうか。
 「すみませんでした。こんなつもりじゃなかったんです」
 女は気まずそうに言った。声に聞き覚えがあるような気がした。
 「じゃあ、まだファームに……」
 「ここは医療棟です。わたしたちの仲間には医師も大勢いるものですから、ある程度の治療は合法的に行っているのです」
 女はぼくを介助しながらゆっくりと歩き始めた。
 「どこへ連れて行くのですか」
 不安が猛烈な速度で心に湧き始めた。吐き気が胃を突き上げてきた。
 「心配いりませんよ。あなたを待っているのは、おやさしい方ですから」
 これはFの声だと気づき、ぼくはその場にしゃがみこんでしまった。
 「もう――いやだ」
 床に手を突き、首を振った。ファームに連れて来られてから、わけのわからないことだらけだった。完全に理性の限界だった。
 「さあ、お立ちになって。ここに座り込んでいても意味はありませんわ。先に進まなければ。扉を開けなければ、次の未来は見えないのですよ」
 この女は何を言っているんだろう。ぼくはよだれを垂らして抗議した。家に帰してくれと懇願し、めそめそと泣いた。
 「まあ」
 Fは困っているようだった。ふわっと良い香りが漂った。ぼくは恐怖に見えない眼を見開いた。
 「はい、行きますよ」
 再び腰に手を回され、のろのろと立ち上がった。もう恐怖は心を去っていた。次なる扉を開けるべく準備が整っていた。

.... to be continued
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2009年10月04日

[小説] The Harvest(18)

18

 「いったい何を持って行ったの?」
 「骨の仏像だよ」
 「骨って、何の骨」
 「たぶん鯨の骨を彫ったんだと思う。すごく古いもので、蔵の中にあったんだ」
 「それで?」
 「はやし屋のおばちゃんが父に言いつけたんだ。お宅の息子が罰当たりなことをしでかしたって。はやし屋の息子さんは捕鯨船に乗ってたからね」
 「それでお父さんが怒った」
 「そう。怒ったというか、すごく不機嫌になった。その夜、ぼくは一晩中本殿に押し込められた」
 「怖かった?」
 「とても怖かったよ。満月がとても明るくて、かえって恐ろしかった。境内がぼんやり見えるんだけど、ときどき何かの影が見えた」
 「琢海さんの様子を見に来たんじゃない?」
 「そう。今思えばね、そうかもしれない。あれは母か父か、どちらかだったと思う。でも結局朝までそこにいなければならなかった。それからぼくは闇が人一倍嫌いになった。何か悪い物が近くにそっと忍び寄ってくるような気がして……」
 「わかる気がする。でも琢海さんが呼び寄せる物がすべて悪いとはかぎらない」
 「呼び寄せる? ぼくが呼び寄せる物って?」
 「と言うか、勝手に寄って来る。善い物も、悪しき物も……」
 「運の悪い男ってことかな」
 「悪い物ばかりじゃない。だってお父さんは、本当は琢海さんに何かを伝えたかったんじゃないかな」
 「……悪しき物というと、あの銛があった。本殿に飾られていた銛がすごく不気味だったんだ」
 「銛は悪しき物ではないわ」
 「でも感じるんだ。あの黒光りする刃先から、どす黒いオーラみたいなものが出ている」
 「それは痛みよ」
 「痛み?」
 「そう。痛みの記憶」
 「誰の記憶?」
 「名も無いイサナたちが苦しんだ記憶。それが銛に染みついているのを感じたのね」
 「イサナっていうのは、たしか鯨のことだね。殺された鯨たちの記憶ということ?」
 「あの銛は、私たちがそのことを忘れてしまわないためにある。お父さんはきっとそれを伝えたかったはずなの」
 「君は、どうしてそんなに……」
 「銛の主は琢海さんです。わたしはただそれを守るための存在」
 ぼくは懸命になって目を開けた。しかしぼんやりした光しか見えない。ガスがぼくの眼を焼き、視力を奪ってしまっていた。痛む眼を閉じて、しゃがれた声をしぼり出した。
 「ナナ……」
 「ここにいるわ、琢海さん」
 手を伸ばし確かめようとした。虚空をさまよう腕にそっと触れるぬくもりがあった。ぼくの手にナナの手が重なった。
 「良かった。無事だったんだね」
 「うん。わたしは平気よ」
 ナナの口ぶりが中学生っぽく変わった。
 「ここはどこなんだろう」
 「目が見えないのね」
 ぼくはうなずいた。
 「催涙ガスを浴びたみたいだ。のどがヒリヒリする」
 「なんてひどいことを――」
 強い怒りが伝わってきた。なだめなければならないと感じた。


.....to be continued
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2009年09月23日

[小説] The Harvest(17)


17

 暗闇は嫌いだ。
 子どもの頃、父に叱られて本殿に閉じ込められて以来、ぼくは闇を過剰に怖れるようになった。
 あのとき父は、なぜあんなに怒ったのだろうか。
 発端はありふれたいたずらに過ぎなかった。
 小学五年生の冬休み、ぼくは本殿の掃除を朝夕させられることが不満だった。友だちたちは、村にできた初めてのゲームセンターに通いつめていた。
 「今日は何面をクリアーしたぜ」
 「最高得点を二回も更新したよ」
 友だちのそんな報告を聞くたびに心から悔しかった。おんぼろ本殿の床をぴかぴかにしたところで、何の甲斐もないと思えた。
 そこでぼくは父に談判することにした。朝夕の掃除をするかわりに小遣いを要求したのだ。
 父は何て馬鹿なことを言うのかと、呆れた顔をして見せた。
 「金のためにするのでは意味がない」
 それだけ言うと、もうぼくの相手をするのをやめた。ぼくは焦った。今日の午後、友だちと約束をしてしまっていたからだ。今さら行けないなんて言えないし、言いたくない。ぼくは、どうしても彼らとゲームをしに行きたかった。友だちと話が合わなくなることが無性に恐ろしかった。
 「遅いぞ」と友だちに咎められながら、ぼくは待ち合わせの場所に着いた。
 友だちがぼくの抱えているものを指さして「それなんや」と聞いた。ぼくは「いいもんや」とだけ答えた。古い布でぐるぐるに巻いたそれが、本当に「いいもん」かどうか、あまり自信はなかったが、ゲームの十回くらいはできるはずだと踏んでいた。
 「はやし屋」のおばちゃんは、子どもを憎んでいた。ぼくたち常連の子どもであっても決して信用することはなく、店先の駄菓子を万引きするのではないかと常に疑っていた。
 高価なテレビゲームを店に設置したのは、おばちゃんにとって大きな賭けだったが、それは結局英断であった。村中の子どもたち、たかだか五十人程度に過ぎないとはいえ、一人の例外もなくゲームの虜になってしまったのだから。ただ当時一ゲーム百円という料金はあまりに高価だった。子どもたちはたちまち一カ月の小遣いを使い果たしてしまい、お金持ちの子がゲームに興じるところを横から覗き見するために「はやし屋」に集合するようになった。
 おばちゃんは早速不安になった。手持ち無沙汰な悪がきどもが駄菓子を万引きするに違いないと考えた。実際そんなこともあったのだろう。おばちゃんはついに強硬手段に出た。
 「ゲームの見学禁止」
 そんな張り紙が店の軒先にぶら下がった。子どもたちは不満たらたらだったが、おばちゃんは涼しい顔だった。どちらにしろテレビゲームは一台しかない。もともとやりもしないで見ているだけの、金を持たない子どもが大半だったからだ。
 「あんたはええんよ」
 おばちゃんはぼくには優しかった。ぼくが神社の息子であることと関係があった。おばちゃんの息子は漁師だった夫の後を継ぎ、そのころは北氷洋で捕鯨船に乗っていたらしい。豊漁と安全を祈る気持ちは誰よりずっと強かったようだ。
 そしてその日、久しぶりに「はやし屋」に来たぼくを見て、おばちゃんは微笑んだ。
 「えらい懐かしいねえ。お父ちゃんは元気でお勤めしておられるんやろね」
 ぼくは黙って包んだものを差し出した。
 「これは何だね」
 「これで、少しゲームをさせてくれませんか」
 ぼくの声は震えていたと思う。しかし必死だった。おばちゃんは露骨に胡散臭そうな顔をした。
 「ありゃ」
 包みをほどいておばちゃんは驚いた。
 「あんた、こんなものを……」
 おばちゃんは両手を合わせ、それからほどいたものを包みなおした。
 「あかんで。一緒に来なさい」
 あたりが静まり返っていた。友だちが蔑むような目でぼくを見ていた。
 「あほやな」
 おばちゃんはきつい調子でなじり、乱暴にぼくの手を取って歩き出した。

....to be continued
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2009年09月22日

[小説] The Harvest(16)

16

 文句を言いたいのはむしろぼくの方だった。
 不満顔を竹田さんに向け、その顔で塾長を睨んだ。須賀さんとは目を合わせぬよう気をつけた。
 竹田さんは、笑顔でぼくをなだめようとしたのだろうか。それとも憐れんでいたのか。微笑が中途半端な具合に顔に張り付いていた。
 「まあ…タクミさんの言いたいこともわかります。でも肝心なのは目下の問題を解決することです。聞いたところでは、井澄さんたちとわしらは共同戦線を張るほうがよさそうだし」
 「須賀さんはぼくを裏切ったんですよ!」
 「なんですって」
 苛立った声。須賀さんが強い眼を竹田さんに向けていた。
 メデューサの眼だ、と思った。ぼくのことは見ていなかったのに、ぼくに向かって言った。
 「だれがあなたをここまで連れてきてあげたのかしら。わたしは約束を破ってはいないと思うけど」
 たしかにそうだ。母が頼んだのは、ぼくをファームに連れていってくれ、ということだけだったのだから。しかし……。
 「そうではないな」
 竹田さんがその言葉を打ち消した。
 「あんたがたは、最初からタクミさんが狙いやったはずです」
 塾長と須賀さんは顔を見合わせた。長髪をぼりぼり掻きながら、塾長は苦い顔をしてみせた。
 「あんたたちも最初から?」
 「タイミングばっちりでしたろう」
 「いや、最悪だったよ」
 塾長と竹田さんはそう言い合って笑った。
 ぼくはそっと須賀さんをうかがった。爪で爪を忙しくはじきながら、須賀さんは深くため息をついた。ぼくと目が合ったとき、何とも言えない表情を見せた。
 それが今も心に残る。あれほどの悲しい結末がぼくたちを待ち受けているなんて、このときは思ってもいなかったのに。
 シバが低く唸り声を発した。警戒の信号だった。
 ぼくたちは一斉に割れたガラス窓の方を見た。太い筒がそこから突き出されていた。
 「やめい!」
 竹田さんが叫んだ。シバが銃口目がけて跳躍していた。ぼくの身体はシバの後を追った。ナナの顔が頭に浮かび、そうしなければならないと思った。
 筒から黒い物体が発射された。
 ギャン!という泣き声がし、シバが跳ね飛ばされた。ぼくは空中でシバを受け止めた、と思った。重い衝撃が胸を固く打った。
 「岩永くん!大丈夫か」
 塾長の声は、しゅうしゅうという音と白い煙の中に掻き消えていった。
 どやどやと部屋に踏み込む人々の足音が聞こえた。
 「逃げろ」と誰かが言った。塾長か、竹田さんか定かではなかった。白煙がぼくの喉をつぶし、眼を焼いた。
 「待ってろ」という声が遠くに聞こえ、ぼくの五感は麻痺しはじめた。

....to be continued
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2009年09月20日

超人の死 〜「カムイ外伝 スガルの島」

崔洋一が「カムイ外伝」を映画化したと聞き、久しぶりに読み返したくなって小学館のマンガ文庫を、本棚の奥から引っ張り出した。
しかし肝心の「スガルの島」を収録した巻がない。
仕方なく書店に行ったら、新刊になって出ていた。さすが抜け目がないなあ、と思いつつ買う。
第二期「外伝」の筆致はすっかり時代劇画調で、描線が荒くなりだした「カムイ伝」の最終巻からしても隔絶の感があって最初はなじめなかった。
構図の採り方を見ても、こりゃ小島剛夕じゃないかと思ったものだ。画風の変化は、残酷描写のスケールアップをはかってのことだろう。
あてどなく流浪を続けるカムイの運命は変わらない。変わったことといえば、カムイが海と出あったことか。農村や山間に潜むことの多かったカムイが、初めて海に生きる人のあいだに潜んだのが「スガルの島」であった。いきいきと描かれる漁の風景や、闊達な海女の描写には、著者の素朴な感動も見て取れる。
ここで重要な変化が見られる。カムイの眼が変わったのである。張り詰めたような厳しさが消え、人間的なやわらかい光をたたえはじめる。
それゆえかどうか、カムイは次第に周囲の人々と濃密な関係を結ぶようになる。人々はカムイを受け入れ、カムイも彼らにたいして心を開き、思慕の念さえ抱きはじめるようだ。スガル一家のために、己が死ぬことさえ承知したカムイの心のありようも、それまでは見られなかった変化と言える。
関わった者たち全員の死で終わるのが、カムイの運命である。この「スガルの島」でもそれは同じである。読者もそれを承知でカムイの旅を見守ってきた。
だからこそ「スガルの島」篇の結末で、残酷な復讐に燃えるカムイは異様な感じがするのである。
その後の物語でも、カムイは社会の外縁に生きるさまざまな人に出会い、そして別れる。別離を繰り返すほどに、カムイの生気はますます衰えてゆく。深い悲しみがその眼から光を奪っていくのだろうか。第二期の後半になると、おそろしく虚無的な表情を見せるようになる。また、カムイが人に接する態度には、まるで悟りを開いたかのような沈着さが際立つ。そこには感情の動きがまったく見られない。燃焼しつくしてしまった、抜け殻のような人間がいるばかりだ。
絶望を生きることを引き受けたとき人は超人になるとニーチェは言ったが、忍者という超人を描き、社会の桎梏からの解放を目指していたかもしれない物語は、傷ついた人間の旅を追い、心の果てしない下降を丹念に描く連作となった。
間もなく「カムイ外伝 第三部」が始まるという。
人間カムイはどう生きるのか。再びなんらかの跳躍を見せるのか。
それとも虚無の岸辺にうち寄せられてしまうのか。
やはりカムイの旅に心がすい寄せられていく。

カムイ外伝-スガルの島- (ビッグコミックススペシャル)
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焼てびちに思うこと 〜『敗戦と赤線』を読んで

ぼくは名古屋市中村区で生まれた。名古屋駅の西、通称「駅裏」である。
現在は新幹線口とも呼ばれ、予備校やカメラ量販店が進出して賑わっている。
さらに西へ向かうと、太閤通り、日吉町、千成通りなど豊臣秀吉にちなんだ地名を通り過ぎ、大門町、名楽町、賑町、寿町、羽衣町といった歓楽街風の町名に至る。
大門町の名からわかる通り、ここはかつて遊郭があった場所だ。名楽町の名も、戦後の赤線時代に「名古屋楽天地」と称していたことによる。
現在、往時を偲べる建物がわずかに残る。目立つのは旅館や特殊浴場の類だが、それも密集しているわけではない。東京の千束(吉原)、岐阜の金津園のような特殊な賑わいは見られない。
中村に遊郭が誕生したのは大正時代。都心にあった大須の旭廓が移転を命じられ、大正8年に中村が代替地に決定。同12年に中村遊郭という名で開業する。最盛時は娼家138件、娼妓2000人を抱え、日本最大の遊郭だった時期もある。
大門が自分の出生地であるのに、これまであまりその歴史に関心を持たずにきた。町のこうした来歴を、あまり深く知りたいと思わなかったからだろう。
ところが先日ある本に出会い、ちょっと関心が傾いた。『敗戦と赤線 ―国策売春の時代』(加藤政洋・光文社新書)である。
“赤線”といってピンと来る世代ではない。青線とか二業地・三業地との違いもよく知らないでいたが、この本のおかげでやっと知識を得ることができた。といっても営業形態の違いなどを知りたかったわけではない。敗戦後、米軍統治下で、なぜそういった売春地帯域が公に存続できたのか、長年の疑問がある程度解けたのである。
 一般に、遊郭が最も衰微した時期は戦中であったとされる。享楽産業にたいする規制や、戦時増産体制のための建物供出、従業員の勤労動員などを命じられ事実上営業が不可能になったという。だが本書によれば、その一方で、軍人、工場労働者慰安という目的で残された“部分”があった。そしてそれこそが戦後の公設売春地帯「赤線」を導く根っこになったというのだ。
 1957年発行の大阪市民生局『大阪と売春』という報告書から孫引きすれば、
 「当時海外へ進出した慰安婦、芸妓、女給が軍協力の下に営業した如く、戦時中内地の遊郭、料亭も軍と協力関係とにあった」
とあるように、娼家側も軍の要請に積極的に応じる形で事業の発展をもくろんでいたことが窺われる。「売春業者自体が金儲けのため、国策に便乗」(『大阪と売春』)したというのである。
東京では、それまで玉の井と亀戸しかなかった私娼街が一挙に増えた。立川、蒲田、亀有、立石、新小岩への慰安所新設を警視庁が認可する。「産業戦士慰安のため」という名目だったという。こうして戦時下に国家管理売春システムが出来上がる。このシステムを戦後そのまま援用し、集団売春地区にあらためて誕生したのが「赤線」ということだ。
戦争に負け、もはやどのような〈戦士〉も存在しない日本に、どうして売春地帯が復活したのか。それは日本人女性の「純潔保護の防波堤」としてだった。そのため、内務省が赤線設置を命じた秘密通牒には「日本人の施設利用は之を禁ずる」の文句が存在する。当初は、外国軍専門にサービスを提供する地区を設け、それをもって「一億の純血を護り以て国体護持」をはかろうという意図があったのだ。
前借金制度で業者に隷属させされ、なおかつ戦時中は国策により戦士慰安を命ぜられた遊郭の女たちは、戦後なお挺身隊としての奉仕を強制されたのである。なんという痛ましい運命か。
「赤線」の名の起こりは、明治期にさかのぼるらしく、管轄の警察署が風俗営業店の密集地域を地図上に赤い線で囲んだことからその名が付いたとされる。しかし一般に「赤線」の名が世間に流通するようになったのは、やはり戦後になってのことであった。娼妓たちは公娼から私娼へとその立場を変えることになったが、それも建前上のことで、赤線は昭和33年の「売春防止法」制定まで、国家公認の売春街として存在しつづけた。

沖縄に行くと必ず立ち寄る店がある。安里にある「東大」というお店で、ここの焼きてびちは絶品。最近はとても有名になってしまい、ふらりと行っても満席で入れなかったりする。
10年ほど前に初めて行った夜、「そんなに骨までテビチをしゃぶる人は珍しい」とあきれらて以来、沖縄滞在中は必ず一度は行くことにしている。今はモノレールの「ゆいれーる 安里駅」で降りればすぐ近くなので便利になった。
ある晩、東大で飲もうと現地の友人を誘いだし、待ち合わせがてら近くの栄町を散策したことがあった。栄町といえば、「ひめゆり学園」(沖縄師範学校女子部・沖縄県立第一高女=女師一高女)があったことで有名だ。その跡を偲ぼうと思ったのだ。
路地に入ると旅館が立ち並び、どの家にもうす赤い灯りがともされていた。玄関に腰掛ける女性たちを見ても、一見してあいまい宿とわかる雰囲気だった。
友人に聞くと、ここは戦後の「料亭街」であるという。料亭といっても供出するのは料理ばかりではない、いわゆる特殊飲食店の街であった。
那覇のど真ん中にこのような地区が成立したのは、米軍の「歓楽街設置要請」のためだという。内地では「売春防止法」の施行以来、売春宿はおもに旅館から特殊浴場へと業態転換をしていった。しかしその当時、依然として米軍占領下にあった沖縄は事情が違う。その後、本土復帰に伴って昭和47年に同法が施行となるが、栄町には今なお「特殊婦人」が路傍に立ち、ちょんの間の客を引いているのだ。
沖縄を見れば、戦後日本の抱えてきた問題が、生々しい傷跡として見える。
そう思って沖縄を訪れてきたつもりだが、この光景を目の当たりしたときは、何とも言えない衝撃を受けた。彼女らは挺身隊だと思った。
かつて日本は沖縄を米国に差し出し、沖縄政府は彼女らを米軍に差し出した。その構図は過去のものではない。


敗戦と赤線 (光文社新書)
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